REVIEWS2025.04.16

殺しより子育ての方が何倍も難しい。娘との関係に悩みながら戦う名優チョン・ドヨン版「ジョン・ウィック」Netflix映画『キル・ボクスン』

キル・ボクスン

Netflix

暗殺業界にその名をとどろかす伝説的な殺し屋も、家に帰れば10代の娘をもつシングルマザー。そんな彼女にとっては、殺しより子育ての方が何倍も難しい。Netflix映画『キル・ボクスン』は、仕事としての「殺し」と、家庭での「母親業」の間で揺れるひとりの女性を描いた物語だ。

キル・ボクスンを演じるのは、「ハウスメイド」や「シークレット・サンシャイン」などで知られる名優チョン・ドヨン。彼女が演じるボクスンは、思春期の娘を育てながら、表向きにはイベント関連の仕事に就いているということになっているが、実はMKという殺し屋専門のエージェンシーで「契約殺人」を請け負う凄腕の暗殺者だ。

MKは殺し屋業界を独占している。ボクスンはその中でもトップクラスの存在。MKのボスであるチャ会長(ソル・ギョング)は、3つの厳格なルールを定めていて、ボクスンたちはそれに従わないといけない。1つ目、子どもは手を出すな。2つ目、MKが許可していない「イベント」は実行するな。3つ目、仕事を頼まれたら断るな。一方、ボクスンは職場の力関係に振り回されることになる。上司であるチャ会長との微妙な信頼関係、そしてその妹であるチャ・ミンヒ(イソム)の冷徹さ。ミンヒは感情の読めない人物で、その存在が物語全体に緊張感を与えている。やがて、ある予定外のことが起きてしまい、ボクスンはチャ会長の逆鱗に触れることになる。

さすがアクションシーンの完成度が高い。激しい銃撃戦や肉弾戦は圧巻だ。特徴的なのは、ボクスンが状況を先読みして頭の中で複数の展開を描き出す場面。物語の中でその過程が視覚的に描かれ、場面が何度か巻き戻される演出もある。やや分かりにくく感じる部分もあるかもしれないが、終盤の壮大なバトルシーンまで観ると、その仕掛けの意味が腑に落ちる。

「ジョン・ウィック」シリーズを思わせる部分もあるが、大きな違いは、ボクスンが家族とのつながりを求めている点だ。特にボクスンと娘ジェヨンとの関係性には、淡々とした緊張感と切なさが漂う。ジェヨンには、同性の親友と密かに交際しているという秘密があり、それが学校で問題となる。母には言えないことを抱えながら、それでも何とか日常を保とうとする娘の姿が胸に残る。

キル・ボクスン

Netflix

それぞれの思惑や葛藤が、物語の終盤で見事に収束していく。決着のつけ方にも説得力があり、続編を期待させる余韻もある。(スピンオフ映画は制作予定)『キル・ボクスン』は、単なるアクション映画にとどまらず、人間ドラマとしても深みがあり、静かに熱を帯びた作品となっている。スタイリッシュな演出や緻密な世界観はもちろん、社会的メッセージや母と娘の絆、女性が抱える葛藤まで描き切っている。芸術映画で知られるチョン・ドヨンが、ここまで全身全霊で殺し屋と母という二役を演じ切ったことには、脱帽せざるを得ない。

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