REVIEWS丨2025.08.08
原作の感触が映画にもある… 『近畿地方のある場所について』は「ノロイ」に対してのラブレター 白石晃士×背筋 (聞き手・ギンティ小林)

©2025「近畿地方のある場所について」製作委員会
「このホラーがすごい!2024年版」で第1位を獲得した背筋さんによる話題のホラー小説『近畿地方のある場所について』を、日本が世界に誇るホラー映画監督・白石晃士が映画化!
オカルト雑誌の編集長が行方不明になった。彼が消息を絶つ直前まで調べていたのは、幼女失踪事件や中学生の集団ヒステリー事件、都市伝説、心霊スポットでの動画配信騒動など、過去の未解決事件や怪現象の数々だった。編集部員・小沢悠生(赤楚衛二)はオカルトライターの瀬野千紘(菅野美穂)とともに彼の行方を捜すうちに、それらの謎がすべて“近畿地方のある場所”につながっていることに気づく。2人は真相を確かめようとするが……という不穏な物語を描いた原作は、“近畿地方のある場所”にまつわるオカルト雑誌に掲載された記事、事件関係者の証言、ネットの掲示板の書き込みなどで構成され、細かいディティールが積み重なって得体の知れない恐怖を漂わせていく、読み物が持つ力を見せつけてくれる作品になっているので未読の方は是非!
ちなみに僕は心霊スポット取材もしていて、オカルト雑誌で仕事をした経験もあるが、本書に書かれたオカルト雑誌の編集部のディティールの細かさには圧倒された。映画では赤楚衛二さんが演じる編集者・小沢が“近畿地方のある場所”に関わるようになる動機が、「過去に掲載された記事からセレクトして、リーズナブルな別冊オカルト本を作る」というのもオカルト雑誌ではよくある事。だから、原作を読んだ出版関係者の間では、「あれはオカルト雑誌を出版していた●●社をモデルにしているのでは?」という憶測が飛び交っている。ちなみにモデルと噂されている出版社の地下資料倉庫も映画に登場する出版社の地下室のように「出る」ことで有名だ。
そんな原作を映画化した白石監督は、原作の文字情報のディティールの積み重ねに対して全編にわたり、臨場感がありすぎるPOV映像などの厭な視覚情報を積み重ねて、恐怖を高めていくことに成功している!しかも、白石監督作のファンなら満足すること間違いなし、な白石監督にしか作れないホラー映画に仕上げただけでも偉業なのに、原作ファンも納得させる事ができる『近畿地方のある場所について』の原作の映画化に成功している。
というわけで今回、監督の白石晃士さんと原作者の背筋さんのお二人に映画のメイキングをうかがってきました!(聞き手・ギンティ小林)
『近畿地方のある場所について』は『ノロイ』へのラブレター
――背筋さんは『近畿地方のある場所について』を、白石監督の『ノロイ』(2005)に対するラブレターとして書かれたそうですね。原作は細かいディティールや読み物ならではの仕掛けが積み重なって厭な感じを漂わせていく、という本の力を見せつけてくれる作品でした!
背筋 ありがとうございます(笑)。私は『ノロイ』はもちろん大々々好きなんですけど、他のホラーコンテンツも多分に好きで、そういう要素も入れたんです。例えば2ちゃんねるの掲示板の感じや、中野ブロードウェイで売っている、いつ出たか分からないコンビニ本のケレン味などの要素を全部入れて、「懐かしいな」と感じてもらえる作品にしたかったんです。
だから、読んでくださった方の中には「この頃、オカルトみんな元気だったよね」というお声をくださる方もいて嬉しいですね。
――白石監督は、『近畿地方のある場所について』の原作をWeb小説サイト・カクヨムに発表された時に読まれたんですよね?
白石 カクヨムで読んでいた時は、実は途中までで(笑)。その頃の巷の情報は「これ、本当の取材ルポなのかな……」という感じでしたよね?
――そうでした!当時、読んだ人たちがざわついてました。
白石 それが判然としない感じで読んだのでライブ感もあったのですが、これは『ノロイ』のフォロワーさんだな、と思って(笑)。

©2025「近畿地方のある場所について」製作委員会
映像化が難しい原作だった
――そこはちゃんと察知されたんですね(笑)。白石監督は、これまでのたくさんの原作モノを映像化していますが、『近畿地方のある場所について』のようなスタイルの小説は映像化しやすいのですか?
白石 本作に限らず小説を読むときは「これを映像化するなら」と思いながら読んでしまうんですけど、今回は、サイトや雑誌の記事で構成されている文字表現ならでの面白さがあったので「これを映像にするには、アイデアが必要だな……」と思いましたね。監督のオファーを受けたのが単行本になる直前で、その時に全部読んだんですけど、そこでも「難しいな……ただ、POVに変換できるエピソードはあるな」と思いながら読んでいました。
――これだけ情報量が詰まった原作を、原作のテイストを損なわずに、白石監督ならではの厭な視覚情報が積み重ねている作品なのに104分の映画に収まっている。観ると「これは間違いなく『近畿地方のある場所について』の映画化だ!」と思わせる映画になっていますね!
白石 原作の感触が映画にもある、というのは嬉しいですね(笑)。
――しかも原作の魅力であった、厭な文字情報の積み重ねが、映画では白石監督ならではのPOV等を駆使した厭な視覚情報の積み重ねに見事に変換されています。背筋さんも脚本協力で参加された、原作のテイストを映像に落とし込んでいく作業は、かなりの激闘があったと思うんですが……?
背筋 激闘ではなかったですよ(笑)。
白石 最初は共同脚本の大石(哲也)さんの貢献度が高かったです。まずは原作に書かれたエピソードの取捨選択――「どのエピソードが映像向きか、映像向きでないか」を判断したうえで「再構成するなら、このエピソードをこういう風に変換して」という事を大石さんにやっていただけたので、そこから全体を形作っていった感じなんです。
ただ、映像化できるエピソードを取捨選択すると、映画のための新たな法則が必要になって。その段階で、原作の細かい疑問もたくさん出てきて……。
――『ノロイ』に対するラブレターが、 白石監督に対する挑戦状になっているわけですね。
白石 ある意味そうでした(笑)。それで結局、根本的な部分を背筋さんに質問せざるを得なくなって、細かいところを「これはどういうことだったんでしょう?」と教えてもらったんです。

©2025「近畿地方のある場所について」製作委員会
――そこで背筋さんが脚本協力として参加されたんですね。
白石 そうです。その段階の脚本では辻褄が合っていない部分があったので、それを調整するために、いろんなアイデアをいただきました。
――背筋さんからどんなアイデアが出たのか気になります。
背筋 私から出させていただいたのは端々のアイデアです。大枠の魅力は白石監督たちが作られたものだと思っているので。ただ、私が最初にちょっとだけ不安だったのが、『ノロイ』を作ってほしいわけではなかったんです。『近畿地方のある場所について』は『ノロイ』に対してのラブレターだけど、映画にする時に『ノロイ2』を作ってほしかったわけではなくて。私は「戦慄怪奇ファイル コワすぎ!!」シリーズ(2012~2023)も大好きだし(笑)。
――白石監督ファンならそうなりますよね。
背筋 だから、ちょっとパワフルさも欲しかったんです(笑)。でも、それは同じ映画の中では共存できない、と勝手に思っていて……。白石監督の作風も少しずつ変わられてるかもしれないし、『ノロイ』と「戦慄怪奇ファイル コワすぎ!」の魅力は一緒だけれど方向性が違う面白さもある。
だから『ノロイ』をそのままツールとして『近畿地方のある場所について』を映像化というよりは、やっぱり今の白石監督が作られる映画を観たい、と思っていて。それで、完成した映画を観た時、後半のトンネルのシーンを観て、「『ノロイ』に今の白石監督の作風が乗っかったら、こういうことなんだ!」と感動しました。
――あのトンネルのシーンの破壊力は凄まじかったです(笑)。
背筋 それで、「これはいい意味で『ノロイ』じゃないし、『ノロイ』よりもさらに好きな映画になってる!」と思いました(笑)。
――映画版『近畿地方のある場所について』を観て思ったんですが、『シャイニング』(1980)は監督のスタンリー・キューブリックと原作者のスティーブン・キングが揉めましたよね。でも、本作は、スタンリー・キューブリックとスティーブン・キングが仲良く作った『シャイニング』(1980)みたいな映画だな、と。
白石 仲たがいしないで作りましたから(笑)。私も原作の手触りというか読み終わった後の「ある程度わかるけど、ある程度わからない」感じとか、「その曖昧さが怖い」といった感触は映画でも踏襲したい、と思ってたので それを感じていただいたのは本当に嬉しいです(笑)。

©2025「近畿地方のある場所について」製作委員会
『近畿地方のある場所について』は8月8日 (金) 全国公開