REVIEWS丨2024.12.17
1兆7000億円相当の仮想通貨を盗んだ「意外な犯人」とは? スクールカースト最底辺の“元・いじめられっ子”夫婦の奇妙な物語
Netflixで配信中のドキュメンタリー『ビットコイン・ハイスト: 仮想通貨はいかにして奪われたのか』は、2016年に発生した暗号資産取引所のビットフィネックス(Bitfinex)が何者かによってハッキングされ、およそ12万BTC(ビットコイン)が盗まれるという前代未聞の事件を引き起こしたとされる夫婦の姿を追ったものだ。
彼らが奪ったBTCは、その後もバブル状態が続き、今なおその価格が暴騰し続けているため、現在のレートに換算するとなんと1兆7000億円ほど。金額だけ聞くともはや国家予算の一部のような印象を受けるほどにリアリティのない数字だが、そんな個人で盗める範囲の金額を遥かに超えた大金を手に入れたこの夫婦、やはりというかタダモノではなかった。
この夫婦、ハッキングの実行犯である技術者の夫、イリヤ・リヒテンシュタインよりも、かなりエキセントリックな言動を繰り返す“ヤバい妻”ヘザー・モーガンが中心となって犯行に及んだフシがある。イリアは、ロシア出身の元・スゴ腕ハッカーの父を持つという“ハック界のサラブレッド”で、その腕前は相当なものであったと推察されるが、その一方で、幼い頃から引っ込み思案で、いわゆるスクールカーストの“最底辺”でくすぶっていたようなタイプであったのだという。一方、ヘザーの方はというと、大人になってからは自信タップリの立ち居振る舞いをするようになったものの、もとは貧困層の多い地域で育ち、複雑な家庭の事情などもあいまって、学校ではいじめられっ子であったという。スクールカーストの“最底辺”に位置づけられており、今にして思えば、はからずもこれがイリアとの数少ない共通項となった。
その後、シリコンバレーが異常な盛り上がりを見せていた頃に、はからずもバラバラに当地にやってきた2人は、やがて出会い、後に“共犯関係”となった上で、前述のビットフィネックスへのハッキングへと及ぶこととなるのだが、この頃、イリアがまだかつての“イケてないオタク青年”の面影を残していた一方で、へザーの方はというと、そうした過去の面影はほとんどなく、かなりの“やり手感”を醸し出すようになっていた。何かにつけて“一歩下がる”タイプのイリアとは対照的に、ヘザーは日頃から野心を剥き出しにして活動し、積極的にいろいろなタイプの人々と接触しながら、彼らの叡智やコネクションを“パクる”ことで自身に磨きをかけていたのである。
この2人の対照的な性質は事件後も変わらず、最後まで“イケてない”感全開だったイリアに対し、ヘザーは常にアクセルをベタ踏みした状態で人生すべてをフルベットする博徒のような突き抜けた日常を送るという凸凹さ加減。夫婦として見れば完全に“かかあ天下”だし、共犯者として見れば超絶ブラック上司型のへザーに、洗脳されたイリアが追従している形に見えてくる。カップルとしてはまだボニー&クライドの方がバランスがとれているという印象だ。もしかすると、性格面でも利害関係でも、彼らは共依存にも似た関係であったのかもしれない。
そんな凸凹コンビによるハッキングはまんまと成功したものの、その後、「足をつけずに」洗浄し、現金として受け取ることが難しいという暗号資産の特性ゆえにヘザーの計算に狂いが生じ、結果として迷走気味となった挙げ句に2人は逮捕へと繋がることとなるわけだが、事件発生から逮捕に至るまでの間に、へザーは“悪夢”としか言い様のない、破壊力満点のセンスをフル活用する形で、ラッパー「Razzlekhan」として創作活動に没頭、卑猥な言葉をラップしたり、自身のおかしな日常をインフルエンサー気取りで発信したりと、とにかく全力で人生を謳歌しているのだ。彼女が夫と共に行った行為は犯罪でしかないのだが、かつてスクールカーストのド底辺に追いやられ、教師たちからも冷ややかな目で見られていた“いじめられっ子”の成り上がりストーリーとして見れば、なんとも興味深く奇妙な物語である。