REVIEWS2025.06.21

イ・ジェフンは「全てが完璧」 ク・ギョファンとソン・ガンの物語は「皆さんが作って」 韓国映画『脱走』イ・ジョンピル監督インタビュー

脱走

©️2024 PLUS M ENTERTAINMENT and THE LAMP LTD. ALL RIGHTS RESERVED.

止まったら、即死亡! 自由を夢見る脱走兵 イ・ジェフン vs 愛憎に狂う追跡者 ク・ギョファン… 韓国きっての2大実力派スターの豪華共演で、命がけで脱北を試みる軍人の姿を描いた話題の追走劇『脱走』(6月20日(金)新宿ピカデリーほか全国公開)。

舞台は、韓国と北朝鮮の軍事境界線地帯。まもなく兵役を終える軍曹ギュナム(イ・ジェフン)は、自由を求め韓国への脱走を計画。脱北を決行しようとするも、可愛がっていた部下の下級兵士ドンヒョク(ホン・サビン)に計画を狂わされてしまい、先を越されてしまう。そんなドンヒョクを必死に制止しようとしたギュナムだったが、警備兵に見つかり、2人揃って逮捕されてしまう。だがギュナムの幼馴染で、保衛部少佐のヒョンサン(ク・ギョファン)により、ドンヒョクを捕まえた英雄として祭り上げられてしまい、ギュナムは前線部隊から平壌に異動することになってしまう。自由もない、夢もない、他人の決めた運命から一歩も抜け出せない人生に嫌気がさしたギュナムは、再び走り出すことを決意…。ヒョンサンの目を盗み、軍事境界線を目指して決死の脱出を試みる。しかし、そこには予期せぬ困難が立ちはだかるのであった。脱走のタイムリミットは2日間、果たしてギュナムは、生き延びることができるのか…!?

メガホンをとったのは、差別待遇を受ける女性社員たちが巨大権力の不正を暴く闘いを描いて、2020年に韓国で大ヒットを記録した『サムジンカンパニー1995』のイ・ジョンピル監督。これまでの作風とはガラリと趣向を変えた演出スタイルにチャレンジ、タイトでスピーディーな語り口で新境地を開拓した。極めてシンプルなプロットのアクションスリラーでありながら、複雑で豊かなドラマ性を幾重にも織り込んだ傑作を生み出した監督に話を聞いた。

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イ・ジョンピル監督

ー監督、すいません!「アジョシ」で刑事役で出てませんでしたか?「アジョシ」は今でも毎年見直します!

はい(笑)。その時は、映画の学校に通っていて、演出の勉強をしていたんですが、生徒達で作品を作ったりするんです。そういう時にスタッフを兼ねて俳優として出るんです。

面白い話があって、実はずっと昔にイ・ジェフンさんも出ていたインディーズ映画があって私も出ていたんです。それをたまたま観ていた「アジョシ」のイ・ジョンボム監督が私を俳優だと思って呼んでくれたんです。それで出ることになりました。ただ、もう役者はやらないと思います(笑)

ーイ・ジェフンさんとは昔からお知り合いだったんですね!

はい。その時からご縁ができました。私の卒業作品にほんの少しだけ出てもらったことがあったんです。それからはなかなか会えなかったんですが、時々顔を会わせれば挨拶する程度でしたが、今回この作品でご一緒できました。
私とイ・ジェフンさん、ク・ギョファンさんもみんなインディーズ映画業界にいたのでお互いに昔から存在は知っていました。そして、互いにメインストリームに来て意気投合して作ったのがこの作品です。

ーもともと構想はあったのですか?何故この作品を撮ろうと思ったのでしょうか?

大きく3つのキッカケがあります。

1つ目のキッカケは、数年前にある北朝鮮の兵士が銃で撃たれていた状態で車に乗って板門店を突き抜けたという実話がありました。まず、そこで企画が立ち上がりました。北朝鮮や南北間を題材にした話はたくさん作られていますが、私が演出家として描きたいのはイデオロギーの問題よりも個人の物語です。個人でこういう状況下に置かれたらどうなるか?

2つ目のキッカケは、ある南アフリカの2人の青年がヨーロッパに密入国する時にジェット機のタイヤに自分の体をくくりつけて飛んでしまったという話。その話を聞いた時に、人種や国家を超えて“そこから脱走したい”という気持ちはどんなものだろうか?と考えました。

3つ目のキッカケは、社会人の友達が泣きながら酔っ払って会いにきました。会社が辛くて辞めたいと(笑)

この3つの話を全部重ねあわせてみると「どこかから逃げ出したい」という願いを自分の意思で、今よりもより良い所に行きたいと考える、そういった人間の気持ちを描いてみたいと思ったんです。

ー今回、実際の脱北者であるチョン・ハヌルさんがダイアログコーチとして参加されていますよね?どのような影響やアイデアを与えてくれましたか?

脱北者の方の色んなお話を聞いていたのですが、皆さん年齢が高い方が多かったんですね。私としては、もう少し若い世代の脱北者で今現代の北朝鮮の事を反映させたくてYouTuberでもあったチョンさんにお話を聞きました。シナリオ作りや言葉遣いなど本当に助けてもらいました。

チョンさんと話していて改めて気づかされたのは、北朝鮮も人が生きているということです。私たちと同じように生きている。だから北朝鮮はこうだ、といった決めつけや制限はしてはいけないと思わせてくれました。そして、脱走した方は命がけで心構えが全く違うんですね。たとえ死んだとしても人間としての自尊心と希望は絶対に捨てないという気持ちで脱走していたということが分かりました。

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ー追撃、サスペンス、ブロマンス、クイア、青春など多様なテーマが入り組んでいると思います。監督はどのような映画を目指したのでしょうか?

そうですね…… テーマは沢山あったんですが、せっかく日本に来たので、日本に関連した話で言うと、村上春樹さんの小説に「ねじまき鳥クロニクル」という個人がシステムと戦っている描写があるんです。「サムジンカンパニー1995」も「脱走」も出来上がってみると、自分はシステムの中で個人はどのように生きているのか?という事に興味があって描いていたんだなと改めて気づきました。

映画は観客の皆さんが何か持ち帰る物です。なので、どのようなことを持ち帰ってもらえるか?というのを念頭に置いて作っていました。北朝鮮からの脱走の物語ですが、「これは自分自身の物語なのでは?」と思って欲しくて作りました。

ーイ・ジェフンさんのク・ギョファンさんへの公開ラブコールから3年かかっているのですが、どのようにキャスティングは展開したんですか?

ギュナムという役には“執念を語れる目”が必要だと考えました。ある日、「復讐代行人」シーズン1をイ・ソムさんが出ていたのでたまたま見ていたんです。とあるシーンで顔と目が執念に燃えていたんです。そのシーンを見て、彼しかいないと思い連絡したら、是非やりたいと言ってくれました。そこから少し時間が経ってしまい、なかなかスケジュールが合わなかったのですが、やっとの思いでシナリオを渡しました。

その間にもイ・ジェフンさんは色んな所でク・ギョファンさんにラブコールを送っていたそうなんです。第42回青龍映画賞での発言の経緯は「他に共演してみたい俳優はいるか?」というQAシートがあったみたいで、そこで言おうと思っていたみたいです。そんな風にしてイ・ジェフンさんの誠意が伝わり、ク・ギョファンさんは感動したそうです。そういった経緯もあってク・ギョファンさんに決まりました。

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ーイ・ジェフンさんはどのような俳優さんですか?

イ・ジェフンさんは本当に完璧な俳優という言葉がピッタリだと思います。全てを完璧にこなしてくれました。

北朝鮮の言葉を見事に操っていましたが、今回は言葉と同じくらい体も大事なんです。脱走する人の体です。イ・ジェフンさんが脱ぐシーンがあるんですが、体つきまで北朝鮮の兵士の体を作ってきたんです。その体というのは“資本主義の筋肉”じゃないということです。痩せている中でしっかりと筋肉がついている、ブルース・リーのような体です。イ・ジェフンさんは完璧に徹底して作り上げてきていました。

夕暮れ時に走るシーンがあるのですが、短い時間で撮らなくてはならないので死ぬ気で走ってもらったんです。かなり息切れしていたので、もうダメかな?と思っていたら、もっと走れますと言ってくださいました。希望に向かって走るシーンなのですが、見事に体現してくれました。だから一流の俳優なんだなと改めて思いましたし、尊敬しています。

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ーク・ギョファンさんの演技も素晴らしかったです。特に本を読むシーンが印象的でした。

最初あのシーンは本を読むだけだったんです。ただ、イ・ジェフンさんとク・ギョファンさんはシネフィルなんです。その2人がこのシーンは「Love Letter」(岩井俊二監督)ですね、と言ったので、そのように撮ろうと思いました。その撮影の時のク・ギョファンさんは幸せそうでした(笑)。ク・ギョファンさんはオーラがカッコいい、演技が味のある、おいしい俳優さんですね。

私も日本の映画にかなり影響を受けていると思います。「SF サムライ・フィクション」中野裕之監督みたいな感覚的な映像、アクションを撮ろうと思ったのを思い出しました。

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ーソン・ガンさんの役が最初女性だったとお聞きしました。

実は一番最初はあの役はなかったんです。

この作品は追う人と追われる人の物語ですよね?ただ、追う人が単純化している気がしたんです。追う人をもっと面白く、立体的なキャラクターにしたかったんです。追う人も自分の内面から脱走したいと思っているという設定にしたらどうか?と思いました。実は過去に夢を持っていたというのも見せたかったんです。

そこで、第3のキャラクターを登場させようとなりました。当初、女性を考えていたのですが、出演時間が短いのでインパクトが大事だと思いました。特別出演としてある人を考えていたんですが、なかなか上手くいかなかったんですね。そこで、男性にしたらどうか?とふと思いつきました。北朝鮮でもマイノリティですよね?エンターテイメント的にも広がりが出るかなと。韓国ではサブカルチャーとしてBLも流行ってきているので、この路線でいこうとなりソン・ガンさんにお願いすることになりました。

ーすごい!ソン・ガンさんは世界中で性別関係なく人気がありますもんね!

それと、ソン・ガンさんとク・ギョファンさんと同じ事務所なんです(笑)ク・ギョファンさんがオススメしてくれました。

ーク・ギョファンさんとソン・ガンさんのあのシーンはSNSでもメチャクチャ話題になってますね!考察合戦が盛り上がっています。

二次創作のように皆さんが話題にして下さっているので、この後の物語は皆さんが作ってください。私は黙っておこうと思います(笑)

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ーピアノ兄貴のロシアでの話もそうですが、ギュナムとピアノ兄貴の若い時の話なども期待されています。あえて余白を残しているように思えます!

韓国でもその話が出ていたのですが、成功したらやりたいと宣伝用で言っていたんです(笑)。成功はさせてもらったのですが、もっと成功をおさめなければと思っていました。

今の所は考えてないのですが、人はわからないですよね?(笑)私の好きなラブストーリーの「ビフォア」シリーズのように何年後かにできるかもしれません。確かに作る余地は残っていますが今はまだ分からない状態ですね(笑)。

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