REVIEWS丨2025.06.11
「インドの絶対に怒らせてはいけない男たち」の中に「無職の中年」… 絶対なにかあるはず! 大変上質な“ナメてた相手が、実は殺人マシンでした!”ムービー『ヴィクラム』
インド映画界がスーパーアクターと称えるカマル・ハーサン主演の南インド映画『ヴィクラム』(公開中)で、まずハートを掴まれたのは惹句。
「麻薬組織ボス×無職の中年×特殊工作員。インドの絶対に怒らせてはいけない男たちの三つ巴バトル、開幕!」

©2022 Raaj Kamal Films International. All Rights Reserved
実に景気が良くてハートをがっちり掴んでくる惹句だ。。でも、麻薬組織ボスと特殊工作員を怒らせてはいけない事はわかるが、無職の中年も……?と思う方もいるでしょう。どう考えても肩書が弱すぎる。気になる配役だが、麻薬組織ボスを演じるのは『JAWAN/ジャワ―ン』のヴィジャイ・セードゥパティ。特殊工作員を演じるは『プシュパ 覚醒』のファハド・ファーシル。そして無職の中年を演じるのは、本国では子役時代から数えると約60年のキャリアのオーナーで今年70歳で、インド映画界の国民的ヒーローとして崇められていて、本作の製作も兼ねているカマル・ハーサン。この御方の出演作は日本では、『カルキ 2898-AD』しか公開していない。しかも、『カルキ 2898-AD』はほぼCGキャラクターの声優を担当したような出演だったので、本作が待望の日本初お披露目になる。
つまり、僕が思ったのは、三人の中で最も俳優として格上な御方が「ただの無職の中年」を演じるのでしょうか?察しの良い方なら気づいていたかと思いますが、「インドの絶対に怒らせてはいけない男たち」の中に「無職の中年」がカウントされているんだから絶対なにかあるはず!そうです!この映画、大変上質な「ナメてた相手が、実は殺人マシンでした!」ムービーなんです!。
気になる物語ですが、チェンナイで謎のヴィジランテ集団によって、若い警察官、無職の中年カルナン(カマル・ハーサン)、そして元警察官僚が殺される様をライブ配信する事件が発生。警察から捜査依頼を受けた、政府直属の特殊部隊・黒部隊(ブラック・スクワッド)の指揮官アマル(ファハド・ファーシル)は、街のギャングを牛耳る麻薬王サンダナム(ヴィジャイ・セードゥパティ)が、事件の鍵を握っていると推測する。しかし、捜査が進むにつれ、アマルは無職の男カルナンの存在を疑いだす。そして、ヴィランテ集団に殺された若い警察官は無職男カルナンの義理の息子だったことを知る。アマルはカルナンの素行を調査すると、彼はアル中で売春宿に入り浸っていたことが判明する。しかし、アマルは釈然としないものを感じていた……。

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どうです?アマルじゃなくても、本作の製作も兼ねているインド映画界のスーパーアクターが演じる無職の中年が只者じゃないと思いますよね。この映画、カマル・ハーサンにとっては非常に大事な映画。
カマル・ハーサンは1986年に本作と同じタイトルの『ヴィクラム』というアクション映画に製作・主演している。この映画は、カマル演じるRAW(インドの対外諜報機関RAW)直属の特殊部隊ブラック・スクワッドの司令官ヴィクラムと悪の組織との戦いを描いた「007」風アクション。今回の『ヴィクラム』はこの1986年版の精神的続編といわれている。そのため本作の主題歌「Vikram」は1986年版の主題歌をサンプリングしたものになっている。
このようにカマル・ハーサンにとって大事な映画の精神的続編である本作で製作・主演を務める彼が無職の被害者のまま終わるわけがありません!そんなわけで、詳細は書きませんが、本作では彼の鬼気迫る近接格闘&銃撃シーンが満載なリッチな仕上がりになっている。
本作の監督は『囚人ディリ』(2019)、『マスター 先生が来る!』(2021)のローケーシュ・カナガラージ。ブレーキの壊れたバイオレンス・アクションを豪快にトッピングしたスリリングな映画作りに定評のある人。ハリウッドのバイオレンス映画が大好きな方でもあり、本作では数々のアクション映画の影響を受けつつ、ローケーシュ風に味付けした俺ジナルなバイオレンス・シーンの数々を披露してくれる。しかも、彼は少年時代からカマル・ハーサンの大ファンで、念願のカマル先生との初仕事。しかもカマルにとっては大事な映画の精神的続編である本作でサイコーにカッコよくて無双きわまりないカマルのバトル・シーンを演出している。

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まずは近接格闘戦。ここで撮影時68歳のカマルは、1ミリも無駄な動きをせず、最小限の力で相手を破壊する、というスーパーアクターの貫録がスパークした達人感満載の格闘スキルを披露してくれる。しかも、カマルにアッパーカットされた相手が、その衝撃で舌を噛みちぎってしまい、舌がぼとっと床に落ちるカットを見せてくれる、という真心のこもった残酷描写もトッピングしてくれるから素敵。他にもカママルの格闘シーンでは、『イコライザー』(2014)のDIY殺法や『ジョン・ウィック:パラベラム』(2019)の本フーあたりの影響を受けつつ俺ジナルに昇華された、身の回りのアイテムを武器にする戦闘スタイルを展開してくれる。劇中のカマルはびっしり筆記用具が入ったペン立てをカジュアルに相手の顔面に突き刺す、1ミリも迷うことなく分厚い本を相手の喉笛に叩き込む、という事からもわかるように、本作の近接格闘シーンで負けるキャラがダメージを受ける箇所は、90パーセントの確率で相手の首から上。こういう小粋かつエグい仕上もローケーシュ・カナガラー監督の持ち味。
このように歴戦のプロフェッショナル感があふれているが、それ以上にスーパーアクターの貫録があふれまくった省エネ・ファイトで楽しませてくれながらも、クライマックスではカマルは最強の敵と1対1の、というかマ・ドンソクとマ・ドンソクが戦っているようなパワフルかつ破壊力最大な格闘戦も展開するので是非、スクリーンで観戦してみては?
文・ギンティ小林