MOVIE2025.08.02

若い頃の自分とテレンス・ラウが演じる龍仔の共通点が沢山あった。80年代から90年代の香港映画人なら誰もが共感できる 『スタントマン 武替道』フィリップ・ン インタビュー(聞き手:ギンティ小林)

『トワイライト・ウォリアーズ 決戦! 九龍城砦』(2024)から香港映画にハマった方は当然の事、香港映画を愛するすべての人に今、最も観て欲しい香港映画『スタントマン 武替道』(全国公開中)。

主人公は、スタントマンの命が最も世界中で軽かった80年代香港アクション映画を支えた伝説のアクション監督サム。演じるのは、『燃えよドラゴン』(1973)の冒頭の名シーンで、ブルース・リーから、「考えるな感じるんだ!」というありがたすぎる教えを授かる少年を演じたトン・ワイ。その後の彼は類まれなアクロバットスキルを活かして『霊幻百鬼 人嚇鬼』(1984)やテレビドラマ『香港カンフードラゴン少林寺』(1983)などの作品に出演。さらにアクション監督業にも進出し『男たちの挽歌』(1986)、『ブレード/刀』(1995)、『セブンソード』(2005)、『孫文の義士団』(2009)などの作品に携わるようになる。つまり、香港アクション映画界にとってはリビング・レジェンド。

そんなトン・ワイ演じるアクション監督サムが、『スタントマン』では数十年ぶりに新作映画のアクション監督を任されることになる。サムは、スタントマンを目指す純朴な青年レイ・サイロン(テレンス・ラウ)を助手に、人気アクション俳優リョン・チーワイ(フィリップ・ン)主演映画の現場に臨む。が、しかし……いまだに、スタントマンに「NOと言わせない」80年代香港アクション魂が骨の髄までしみ込んだサムと現代的な撮影スタイルを望むリョン・チーワイたちは事あるごとに対立してしまう……。
という物語の中にスタントマンの現状、スタントマン哲学、スタントマンの誇り、スタントマンの哀しみ、スタントマンの生態、スタントの撮り方といった必修科目的な要素だけでなく、スタントマンの家族になった方たちの想いも絶妙に盛り込んだ、香港映画を愛する者なら涙なくては観る事ができない感動作品!
今回は劇中で人気アクション俳優リョン・チーワイを演じたフィリップ・ンさんのインタビューをお届けします。(聞き手:ギンティ小林)

スタントマン 武替道

©2024 Stuntman Film Production Co. Ltd. ALL RIGHTS RESERVED.

スタントマン時代、トン・ワイに助けてもらった!

――『スタントマン 武替道』(2024)めちゃくちゃ熱い映画でした! 

フィリップ ありがとうございます(日本語で)。

――『スタントマン』を監督したアルバート・レオン、ハーバート・レオン兄弟とフィリップさんはもともと友人だったそうですね。

フィリップ もともと僕の父親と彼らの父親は、同じ蔡李佛家拳を学んだ兄弟弟子なんですよ。でも、その事を子供の頃は知らなくて、後に僕がアメリカで詠春拳を教えていた時に、兄弟が学びに来た事で知り合いになったんです。彼らもアクション映画の仕事をしたい事を知ったので、僕がアクション映画の仕事をやるようになってからは、僕のアクション映画の撮影を手伝ってくれるようになったんです。

――そうすると『スタントマン』を監督したい、という話も聞いていたんですね。

フィリップ 以前から「スタントマンの映画を撮りたい」と聞いていました。ただ 、なかなか製作資金が集まらなくて撮影ができなかったんです……。だから、香港政府の映画制作ファウンドによって助成金が少し出る事になって撮影できるようになった、と知った時はすごく嬉しかった!『トワイライト・ウォリアーズ 決戦!九龍城砦』(2024)のプロデューサーのひとりアンガス・チャンは僕の親友で『スタントマン』のプロデューサーなんですけど彼が、レオン兄弟の長年の夢を叶えるために、僕に声をかけてくれたんです。僕も少しでも貢献できれば、と思って喜んで出演しました(笑)。

――今回共演したトン・ワイさんとも昔からの知り合いだそうですね。フィリップさんが「若い頃、テレビドラマの撮影現場でトン・ワイさんに助けられたことがある」という記事を読みましたよ。 

フィリップ スタントマンになったばかりの僕が出演したテレビドラマで、トン・ワイさんがアクション監督を務めていたんです。そのドラマの撮影で、なぜか僕が本来支払う必要のないお金を請求されてしまって……。そうしたらトン・ワイさんがテレビドラマの制作会社に乗り込んでで、「フィリップのような若い人に理不尽な仕打ちをしちゃいけない!」って抗議してくれたんです。

スタントマン 武替道

©2024 Stuntman Film Production Co. Ltd. ALL RIGHTS RESERVED.

――熱い方ですね!

フィリップ あの大先輩のトン・ワイさんが、僕のような微々たる新人のために、そこまで身体を張って守ろうとしてくれた事に本当にびっくりしたんですよ!トン・ワイさんは、正義感に溢れる人物で後輩の面倒みが良くて、心の底から人間を大切にする人なんだ……って(笑)。この事がきっかけで僕はトン・ワイさんを尊敬するようになったんです。

――素晴らしい逸話です!その話を聞いてトン・ワイさんのことがますます好きになりました。

フィリップ 念のため言っておくと、トン・ワイさんは本当に謙虚な人なんです。だから、この話を彼の前ですると嫌な顔するんですよ……(笑)。「もうやめろ!やめろ!」って言いながら。今日は彼がいないから話す事ができたんですが、本人がいたら怒られますね。

アクション監督トン・ワイの魅力とは

――アクション監督としてトン・ワイさんをどう評価していますか?

フィリップ 僕はトン・ワイさんのことは師父と呼んでいるんです。アクション監督としてのトン師父はとても計画的です。自分はどういう映像を撮る、というビジョンも明確に持っているんです。アクション監督をする時のトン師父は、『スタントマン』で彼が演じたアクション監督とは全然違って、スタントマンの安全を常に最重要視しているんです。だから、撮影現場での彼はちょっと怖いですよ……(笑)。でも、機嫌が悪いからではなく、スタントマンの安全を常に気にしているからなんです。現場でのトン師父のスタンスから学ぶべきところはたくさんある、と常に思っています。

――アクション監督トン・ワイが撮る映像は?

フィリップ アクション監督としてのトン師父の素晴らしい点は、時代劇と現代劇の両方のアクションも撮る事ができる幅の広さですよね。トン師父が撮るアクションで僕が一番好きな映像をあえて挙げるなら、現代劇のアクションでワイヤーを使う時ですね!トン師父はワイヤーの使い方が見事なんですよ!ワイヤーを使った時代劇のアクションは観ていてスムーズに受け入れることができますが、現代劇のアクションでワイヤーの使い方が下手だと人工的に見えて嫌なんですよね……。でも、トン師父が現代劇のアクションで使うワイヤーは自然なんですよ!オーバーなアクションで自由自在に使っても自然に見える。このワイヤーアクションの上手さは、もしかしたらトン師父の人間性が関係しているかもしれませんね(笑)。

スタントマン 武替道

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香港映画を愛する者なら誰もが共感できる

――フィリップさんはアクション俳優であり、チン・カーロッさんのスタントチームでのスタントマン、アクション監督の経験もあり、『スター・ランナー』(2003)ではアクション監督のチン・カーロッさんの助手に抜擢された経験もありますから、『スタントマン』の物語には共感できる部分があったんじゃないですかね。 

フィリップ そうですね、現在の僕は独立してアクション監督や監督の仕事をするようになりましたが、アクション映画の世界に入る事になったきっかけはチン・カーロッのスタントの一門に当時、一番目か二番目に入門した事です。そしてチン・カーロッの下で何年間か働いていて、アクション監督や武術指導の助手をしていました。その後の僕はシンガポール、マレーシア、 インドネシア、インドなどの国でアクション監督や武術指導をやり、そこから香港に戻ってからはバリー・ウォン監督の下で何年間か働いて、彼の監督作で俳優やアクション監督もやってきました。こういった経歴を持つ僕が『スタントマン』でまず驚いたのが、テレンス・ラウが演じたレイ・サイロン(李世龍)はロン・ツァイ(龍仔)というあだ名なんです。実は、僕がチン・カーロッの一門にいた若い頃、周りの人から龍仔と呼ばれていたんですよ(笑)。僕の名前・伍允龍の最後の文字が龍だから。偶然の一致だと思いますが。 

――若い頃の自分と同じあだ名のスタントマンを映画の中でバシバシ蹴っていたんですね(笑)。

フィリップ だから映画を観ていて、龍仔と呼ばれていた頃の自分とテレンス・ラウが演じる龍仔の共通点がたくさんありました。僕がスタントマンになった頃は、すでに1980年代や90年代の香港映画のピークは過ぎていた……。香港映画自体が下り坂を辿どっているような状況だった。『スタントマン』の龍仔も僕も、そんな時期の香港映画に入って、経験がないうちはいじめられるなどの辛い経験をする……こういう事は僕に限らず、ピークが過ぎた後の香港映画に入ったスタントマンなら皆、似たような経験をしているんですよ。実は『スタントマン』は香港では、映画業界の関係者の評判が高いんです。なぜかと言うと、『スタントマン』を観た映画業界人が集まると、「あそこの場面は、自分も経験したことがある!」「自分も!」と盛り上がるんです(笑)。

スタントマン 武替道

©2024 Stuntman Film Production Co. Ltd. ALL RIGHTS RESERVED.

実はブルース・リーとは兄弟弟子

――香港映画の世界に生きる人ならシンパシーを感じる作品なんですね!『スタントマン 武替道』は香港アクション映画の魂を継承しようとする映画人たちの物語です。継承するといえば、フィリップさんは詠春拳をイップ・マンの愛弟子で、少年時代のブルース・リーを直接指導したウォン・シュンリョン(黃淳樑)師父から学んでいるんですよね。

フィリップ この話が長くなりますよ(笑)。僕の父はアメリカで蔡李佛家拳を教えていたんですけど、母方の叔父もアメリカで詠春拳を教えていたんです。 僕は13歳の時に詠春拳を叔父から習いはじめたんです。それで16歳の時、叔父から「香港にいるウォン・シュンリョンという詠春拳の凄い師匠のもとで学んでみる気はあるか?」と言われたんです。その時はまだ子どもでしたし、インターネットもなかったので、ウォン・シュンリョンさんがどういう人なのか知る事ができなかった。でも、「凄い師匠なら学んでみたいです」くらいの軽い気持ちで香港に行ったんです。後でウォン・シュンリョンさんが、イップ・マンの有名な弟子で、彼に言われてブルース・リーを指導した人だと知った時は「凄い……レジェンドじゃないか!」と驚きましたけど(笑)。

――ウォン師匠とはじめて会ったのは?

フィリップ 僕が詠春拳を学ぶためにアメリカから2か月か3カ月くらい香港に戻ったのですが最初の2 週間、ウォンさんはドイツに詠春拳を教えに行っていて不在だったんですよ。2週間後、香港に戻ってきたウォン師父と初めて会う事になったんですが、もの静かな人なんですよ。身体も大柄ではないし、太鼓腹になっている。静かに部屋に入ってきて、椅子に座ると僕にいろんなことを質問をするんです。質問が終わると「よし、じゃあ始めましょう」と稽古になるんです。

ウォン師父は、僕にとっては詠春拳の師としてだけではなく、もう一人の父親のような存在なんです。当時の僕はウォン師父のもとで詠春拳を学ぶために毎年、2~3ヶ月ぐらい香港に戻っていたんですが、稽古がない時はよくウォン師父に香港のいろんな場所に連れて行ってもらいました。その頃の僕はアメリカ育ちだから、中国の伝統的な文化や礼儀に疎かったんです。だから、ウォン師父に対して無礼な態度をとっていたかもしれないのに、師父はとても優しくて全部許してくれた……。例えば、道場の人たちと記念写真を撮影する時、通常は先生が前列に座って、その後ろに弟子たちが並んで立つんですが、僕がウォン師父と一緒に写真を撮る時は、両手を師父の肩に乗せたていたんですよ。香港では大変失礼な事だったのに、師父は何も言わないでニコと笑っていました。本当に優しいイイ師父だったので亡くなって本当に残念ですね……。

――ウォン師父はブルース・リーだけでなくフィリップさんにも多大な影響を与えた方なんですね。

フィリップ  そうですね、ウォン師父がブルース・リーに与えた影響についても話させてください! 

――お願いします!イップ・マンの孫弟子であり、『バース・オブ・ザ・ドラゴン』(2016)で兄弟弟子のブルース・リーを演じたフィリップさんから是非聞きたいです!

フィリップ 僕自身はブルース・リーと面識はないんですけれど、彼が書いた本や彼の哲学についてはかなり研究しました。そこでわかったのは、ブルース・リーは人間性を重要視する人なんです。武術家の中には、「いかに効率的に相手を倒すか」という事を追及する人が多いんですが、ブルースはそうじゃなかった。武術をやるうえでも「人としてどう生きるか?」という事に重点を置いているんです。この考え方は、ウォン師父の考え方とまったく同じなんですよ!
もちろん詠春拳ですから「いかにしてシンプルな技で、相手を効率よく倒すか」という研究はしますけれど、それよりもウィン師父は人間の成り立ちや哲学的な事を重要視していたんです。そういうウォン師父の考えが、ブルース・リーに影響を与えて、彼が創設したジークンドーの中にも体現された。そういう意味ではウォン師父がブルース・リーに与えた影響は非常に大きいと思います。

 ―― 貴重な話をありがとうございます! ちなみに今日は金髪にしていて、胸に「うごけないサイヤ人など必要ない」という日本語がプリントされたTシャツを着ていますね。スーパーサイヤ人みたいで似合ってます(笑)。

フィリップ  実は、このヘアスタイルは数日前クランクアップした映画のためにしたんだよ。なかなか面白いヘアスタイルになったので、あと数日間はこの頭でいようかなと思っているんです(笑)。

スタントマン 武替道

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